ニックとテリーザは、ヨットでの生活を始めて5年ほどになります。
最初の一年はマリーナに停泊させたヨットで暮らしながら旅の準備をし、その後、今までの四年間は世界中を旅していて、すでに地球の半分を回っています。
イギリスから出発してヨーロッパの西海岸を通り、大西洋を横断してカリブ海地域で2年過ごした後、アメリカの東海岸を通って、去年再びヨーロッパに帰ってきました。
ヨットに移る前は、二人はロンドンでアパートメントに住んでおり、ニックは歯科医、テリーザは救急救命士をしていました。
ロンドンでは、シフト制であるテリーザの仕事のスケジュールのため、二人が顔を合わせてコミュニケーションを取る時間があまりなく、唯一ゆっくりできるのは、週末に二人で、ヨットでセーリングをしている時だけでした。
このような生活をしているうちに、ロンドンでの生活は忙しすぎると感じ始め、また、仕事だけでなく、都会の消費主義の生活に疲れを感じてきていました。
そして、もっとシンプルなライフスタイルで生活したいと考えるようになりました。
もちろん、安定した仕事を辞めて今の生活を始めるのには怖さもありましたし、とても勇気のいる決断でした。
中には、愚かなことをしていると言う人もいるでしょうが、この5年間の生活に、二人はとても満足しています。
ヨットを買ってから、そこで住めるようにするための色々な工事や旅のプランニングと、ロンドンでの生活を整理するのと、二つの仕事を同時並行で進め、旅に出るまで3年の準備期間を設けました。
テリーザの仕事は退職するだけで良いものでしたが、ニックの歯科医院は仕事を引き継いでくれる人を探さなければならず、しかもなかなかそれが見つからなかったのでかなりストレスフルな作業でした。
この生活をしていく上での収入は、ロンドンでのアパートメントは持ち家だった為にそこを賃貸に出して家賃収入があり、また、旅の様子を紹介するYouTubeチャンネルやその他ウェブサイトからの収益があります。
航海をしている時、陸から何千キロも離れて、そこに自分たちとヨットと、下に広がる海しか存在していない時、それは言葉にできないほど素晴らしい感覚ではありますが、同時に恐怖やストレスを感じる時でもあります。
順調に航行している時でも、次の瞬間に何が起こるのか分からず、何かアクシデントが起こってしまったら、海の上で孤立している小さなヨットではきちんと対処しきれるのか誰にも先のことは分からないのです。
それでも一日の終わりに感じられる達成感は何物にも代えがたく、一つの航海が終わるとまたすぐ次を楽しみにしてしまいます。
もちろん大変な事もあります。
食糧の貯蔵や補給はきちんと計画を立て、買い出しに行く時にはヨットとスーパーマーケットを一日何往復もしなければなりません。
友人に会える機会は減ってしまいますし、一度航海に出たら、天候の変化に絶えず注意しなければなりません。
また、真夜中や早朝であっても関係なしにヨットを動かしたり必要な処置をとったりしなければなりませんし、普通の家と比べて、より頻繁で広範囲のメンテナンスが必要です。
でも疲れや倦怠感で燃え尽きてしまわないように気を付ける事ができれば、厳しい試練だと感じることはありません。
そして、海の上では全てを自分たちの力だけで乗り越えなければなりませが、同時にこのことは、二人に電気系統の工事や配管の技術、物資の調達の手配など様々なスキルを与えてくれました。
ヨットでの生活を始めてからの四年間は、これまでの人生で最良の時間と言っても過言ではありません。
生活の知恵だけでなく、異文化や自分たちとは違った価値観との交流など、以前の生活をしていたら出会えなかった発見に満ちているからです。
試練も全て含めて、今の生活には大きな充足感があるのです。