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大学時代にゼロから作ったサービスを○億円で売却した話

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こんにちは。TAKUTAKU編集部ふずです。今日はいつものテイストとは少し変わった記事です。大学時代にゼロからサービスを立ち上げて、数億円で売却した話です。

それだけ聞くと雲の上の話のようですが、「自分はプログラミングができなかった」「プログラミングができる友達に手伝ってもらった」と、スタートラインや生い立ちが他の人と大きく違うのかというと、そうでもないので、参考になる部分があるのではないかと思います。

今回ご紹介いただくのはミハエルさん(仮称)です。ミハエルさんお願いします。

プロフィール

まず私のプロフィールについて簡単に説明します。

大学在学時、飲食・美容に関するシステム開発会社を立ち上げ、売上1億円前後(社員10人)に拡大させ、大手IT企業に売却しました。大学卒業後は、一度新卒で民間企業に勤めるものの、環境が合わず半年で退社。

その後は、売却時に得た資金等を元手に、財務会計のシステム開発の会社を新たに立ち上げ、売上15億円前後(社員50人)に育て、大手IT企業に売却しました。現在は、複数の会社を経営しており、その仕事に奔走中です。

今回は、ゼロから始めたビジネスを売却という、いわゆる「エグジット」まで導いた経験が、少しでもみなさんの参考になればと思い、大学時代に起業したお話をさせて頂きます。

起業する前はどんな学生だったか、どんな考え方だったか

高校時代の私は、皆さんが思うような経営者像とは無縁でした。高い志や問題意識を持って過ごした事などは微塵もありません。むしろ大学に入学するまでは、部活に明け暮れる毎日。それも率先して行動するというよりは、個人の主張さえもなかった気がします。進路についても、「スポーツ推薦で大学に行くか!」ぐらいの心構えしかない学生でした。

仕事について聞かれても、公務員か民間企業で働くかの選択肢ぐらいしかなく、大学のイメージについて聞かれても、毎日サークルとバイト三昧の生活で、一人暮らしが出来たり、お金が自由に使えたりなどと、「起業」や「勉強」といった言葉が出ることはない、仕事やキャリアとは無縁の理想を描いて大学に入学しました。

こんな私が何故、プロフィールにあるような経歴を持つことになったか。それは大学生活の中で、全ての価値観や概念が覆されるような経験をしたからです。

起業しようと思ったきっかけ

平凡だった高校時代の私が、なぜ起業を思い立ったかと言うと、「アルバイトを通じて社会と繋がりを持ち、視野が広がった事」が大きかったと思っています。

当時アルバイトをしていた飲食店のお客さんの層が幅広く、社会の縮図のような体験をする事が出来ました。サラリーマンから、バンドマン、芸能人、夜のお仕事、危ない感じの方、経営者と、様々な方とお話をする機会がありました。結果的には、学生の私にとってはこれが大きな財産となりました。

ここでの教訓は、「成功するのに年齢は関係ない」と「使う側と使われる側が存在する」ということです。

世間は不平等です。努力し続けたからといって夢が叶う事もありません。仕事をしながら多くの理不尽をこの目で見てきました。私は漠然と使われる側にはなってはいけないと強い焦燥感に駆られました。本当に生きていく事は大変だと言うことを学びました。この教訓は今の私を作る原形の一部となっていると思います。

成功している方々を見てきて共通項もありました。それは成功や失敗を問わず、多くの経験を積んでいることでした。

多くの人はここで、発想が飛躍し「特別な経験をしなければ!」という風に考えてしまいがちですが、夢を叶えた人達は、日常の小さな会話や作業の中から、常に学ぶ姿勢が見て取れたり、お金の有無や環境に不満を言う事なく、全ての経験に意味を持ちながら行動していました。

これは全ての人に平等に与えられた権利だと私は思います。特別な才能や待遇は必要ありません。私も多くの人を観察する中で、些細な事でも思考し、次に自分が同じ立場に置かれた時に、必ず良い方向へ導けるように努力しました。

そうすると、その後の結果は自然と変わっていきました。

経験を積む事は全ての人に出来ます。少しの心境の変化で今日からでも実践出来ます。

この刺激的な日々を経て、少しずつアルバイトで見てきた経営者がカッコよく見え、いつしか私もやりたい事をやってお金を稼ぎ、働きたい時に働き、稼いで良い暮らしがしたいと思うようになり、自己顕示欲の強い学生になってしまいました。

そうした変化が起業へ一歩踏み出す衝動となりました。

事業の立ち上げ

初めての起業で手がけたのは「飲食・美容に関するアプリ・システム開発」です。分かりやすく言うと「検索予約サイト」です。今ではみなさんもよく使うアプリにもあるアレです。

なぜ「飲食・美容のシステム」だったかというと、学生だった当時、多くの学生が日頃のライフサイクルの中で、美容院や飲食店にいく機会や働く機会が多かった為、課題が見つけやすく、アンケートなどもとりやすかったというのが理由のひとつです。

お店の検索や店の感想が分かりにくく、無駄なお金や労力を割いた経験が多かったので課題があると感じていました。また、お店側がアピールしたい点が、お客さんに十分伝わってないというジレンマが、アルバイトしていた中で、また経営者の方にヒアリングしていて分かりました。

だから双方の課題を一度に解決する方法としてアプリ、システム開発を始めました。

アプリ・システム開発と言っても、自分ではプログラムができないため、自分で参考書を買って独学で学んだり、大学の知り合いでプログラミングを学んでいる友達や、独学で勉強してる友達をアルバイトとして雇い、作業していく中で同時にコードを教えてもらいつつ、作業を進めていきました。

最初のフォーマット的な部分は1人で作りましたが、具体的なプロトタイプの製作段階になった時は、社員を雇っていました。

昨今は何でもネット上に答えがあり、ハードルが高いと言われる起業においてもクラウドファンディングやYoutube、など便利な時代ですが、私が起業した時は日本でもスマホの黎明期で、まだ何もサービスがありませんでした。もちろんアプリという概念も浸透していませんでした。

大変だった事、良かった事

会社を立ち上げて、ほぼ毎日続く、全ての作業が大変でした。100%中90%以上は辛いです。

私は学生起業だったので、自己資金で始めた分プレッシャーもあまりなく、最初は社員もいなかったため、本業で経営されている方々と比べれば、幾分か精神的にも気楽に仕事に取り組めてはいました。

ただ、関わって下さる方々の想いを背負うたびに責任感に駆られ、日々運営していく為の資金調達の為、アルバイトも頑張りました。いつしか、学業だけでなく、仕事の比重が高くなる中で、本気でこの仕事を頑張っていきたいと思うようになりました。

ただ現実はそんなに甘くありません。今みたいにIT技術が発達していた訳ではないので、外注や委託などはありませんし、あっても払うお金がありません。

設立当初、最も記憶にある思い出としては、取引先やアプリのダウンロード数を増やす必要があっても、有効な対応策などない為、人海戦術(お金は無いけど、時間はある作戦)を仕掛けたことです。

友達に頼み込んで、大きい駅周辺に集まり、一日中アンケート用紙を持って、ひたすら歩いてる人に声をかけ続ける作戦です。

アナログな方法でしたが、毎日汗ダラダラになりながらやった分、意見・感想をダイレクトに貰えました。こんな事を夏の暑い日に一ヶ月間やり続けた事もあります。助けてもらった友達にはバイト代は払えないので経費でよく飲みにいきました。

そこでもやり方について言い合いになったり、時には胸ぐらを掴むような喧嘩になったこともあります。結果的には、喧嘩しあったこの仲間を社員として迎え入れる事にしました。(雇うお金もなかったのと、飲みにさえ連れていけば素直に働いてくれる仲間だったので、ちょろいと思い採用しました。)

借りていたオフィスに寝泊まりしながら作業を続けた事も幾度とあります。

そこから学校に行くことも珍しくなく…、その時期が半年程続いた時は、なんでこんな辛い事をしてるかわからなくなり、よく1人になると泣いていた事を覚えています。社畜のようなキャンパスライフでした。

ここまで言ってしまうと、「じゃあ何故会社を経営していたの?」と聞きたくなるかと思います。

それは目標を達成した時に得られる満足感以上に快感なものがないからです。

そして何より、何もなかった所から少しずつ形になっていく姿が嬉しかったからです。

何も持ってなかった学生に想いや夢を託して下さる方が居たり、頑張れと声をかけてくれる人が居たりと、辛い事の方が多かったのは事実ですが、こんなにも応援してくださるのかと毎日嬉し泣きと悔し泣きの連続のような日々でした。

私さえ諦めなければ終わる事はないと自分に言い聞かせ毎日仕事をしていました。

会社の売却

そうした日々を送る中で、取引先やユーザーが着実に増え、月商2,000万円ほどになったあるとき、私は教授の薦めで学生起業が参加出来る大手企業主催のビジネスコンテストに参加しました。そこでは主にビジネスプランを競い、上位に入賞する事で資金提供が受けられたり、環境を整備してもらえたりと起業家においての登竜門として位置付けられています。

私の場合は、自分達のアイデアがどのような評価を受けるのか、私たちの認知度も広がるだろう位の認識で出場しました。結果としては上位に入賞はしたものの、私たちより優れているシステムや、未来予想図がはっきりと浮かぶアイデアを用いてコンテストに参加した学生たちが上位に入賞しました。このコンテストへの参加で、周りの熱量に衝撃を受けた事を覚えています。

そんな衝撃を一人受けてる中、私は大手IT企業の役員の方に声をかけていただきました。「会社のシステムを買いたい。君が良ければ在学時に使う資金や環境の提供、さらに卒業後もそのまま社長として働けるようサポートさせてもらいたい。経営する意思が無いのなら、システムや権利だけでも○○円で買収したい。」とオファーしていただきました。

しかし、私は元々売却などは考えておらず、卒業後も経営を続けていくつもりで運営していました。ただコンテストでの衝撃と提示して頂いた金額の大きさに混乱して、社員に全てを率直に話しました。

私たちの時代は就職氷河期で、お話を頂いた時期がちょうどインターンや就活が始まる時期に差し掛かっていました。社員も全員就活予定だったので、本当に悩みました。

毎日眠れなくなるほどに悩みました。

最初は単純な話で、「これで金持ちになれる。もう仕事しなくて済むんだ。」という一種の満足感と解放された気分でした。ただ考えていくほどに、「元々何が成し遂げたかったのか。本当にこれが自分の求めてた将来像だったのか。」と、自分とは何かと原点回帰を幾度となく繰り返しました。

そして一ヶ月後。苦悩して導き出した結果は、会社を手放す事にしました。社員全員で悩み抜いた結果、「今回はこれで会社を手放し解散になるけど、それぞれ社会に出て経験を積み、30歳になったらまたみんなで集まって、新会社を設立しよう。」そうみんなで約束して、胸を張って会社を大手企業に売却しました。

これが初めての会社の起業、そして売却経験です。

はじめての起業を振り返って

ここまで私の会社立ち上げ前から売却までを書いてきました。この一連の流れを20代の内に体験出来た事は私にとって大きな財産となりました。

世間では、若いうちの起業や成功を持ち上げる傾向にありますが、私の持論としては、20代でも40代でもこの体験自体についてはいつ行動しても関係ないと思っています。

起業で、革命や変革を起こす必要はありません。ほんの少し行動や気持ちを変えるだけで、誰にでも、いつからでも同じようにチャンスが訪れます。

この経験通じて、私が学んだ事、身についた事を3点にまとめます。

まず最初は、やはり、ゼロからイチを生み出せたことです。

普通に生きていて、何かを自分の手で作り出して世の中に出す経験をすることは、滅多にない事だと思います。またそれが人の役に立ち、少しずつですが着実に、皆の日常に浸透していくのは何とも言葉に代えがたい経験です。

次に、主体的に動く事の大切さを学べたことです。

いつも通り生活していると、その日常を変えていくのはとてもエネルギーのいる事です。私も常に何かを始めるときは必要以上に億劫になりますし、エネルギーも膨大に使います。けれど自分が問題や課題に対する主人公や当事者となるだけでも物の見方が変わってきます。

年齢性別関係なく、どんな方の意見でも間違いということはないので、自信を持って、主体的に行動することが大事です。そのことを身をもって体験しました。

最後は、努力し続け、最後まで諦めずにやりきったことです。

私は何をするにもこの言葉に尽きると思います。よく芸人や歌手、経営者がこれに該当しますが、どんなに天才でも夢や希望なんかすにぐ叶いません。叶ったとしてもそれは運が良かっただけ!だと私は思っています。デビューが早くてもその後、生き残る事自体が大変なのです。遅くなったとしてもどこで目が咲くかなんか誰にもわかりません。

何より、目の前の事に一生懸命になったり、やるべき事に対して努力し続ける事の方が大事です。

最後に私の好きなアスリートの言葉を引用させて頂きます。

「努力が嘘をつくときはあります。ただ無駄にはなりません。」

「どんな道にも正解はありません。正解を選択しようとするよりも自分の選択した道を正解にしていく事をいつも考えて下さい。信念に基づいて道を選び、そのプロセスの中で、最大限の努力が出来たと言い切れるなら、必ずそこで成長ができ、大きな成果を手に入れられる」

最後まで私の経験談を長々と話させて頂き感謝致します。
この内容を読んで、少しでも良いきっかけになればと思っております。ありがとうございました。

編集部後記

以上、大学時代にサービスを立ち上げて売却した話でした。

日々の気付きで自分の行動を変え、そこから周りを巻き込み行動し、最後まで諦めなかったことが「売却」という成果につながっています。

特別なプログラミング技術もない中、人を巻き込みながらサービスを進めていくというのは、誰にでもやろうと思えばできることなので、チャンスは平等にあるということを気づかせてくれますね。

ふとしたっきっかけで、それをはじめてみることで、違った選択肢のある人生になるかもしれませんね。

まずは始めてみる

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